この道・・・

とある大御所の日本舞踊の先生が、「今こうして踊れるのは30代の頃に一生懸命踊っていたからです。
20代は戦争に持って行かれて何も出来なかったから。30代で沢山踊って作った筋肉が今も支えてくれるのです・・・」と仰っていたそうです。
私は事故で奪われたこの5年間をとても悔しく思っていました。
一番吸収出来て、学んで来たものが少し形になり始め、自分の個性が見え出す最も大事な時期を奪われたからです。貴重な20代の5年間は取り戻すことが出来ません。
でもこのお話を伺って、何かを学び、何かを始め、失った時間を取り戻すのに時期が遅いと言うことはないのではないかと思う様になりました。
当たり前のことですが、その中身が、信念が大切なのだと。
その日本舞踊の先生は今日も国立劇場で素敵なお姿をみせて下さっていました。
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コメント
今日は。古民家ギャラリ「かぐや」でお目にかかった「ルルの飼い主」です。
カジュアルダイアリーを遡りつつ読んでここまで読み進んで来ました。一見華のある花帆さんですがその影に大変なご苦労があったことを知り驚いています。
5年のブランクについて、小生思うことがありますのでお話させてください。小生は落語が好きで馬齢を重ねつつすでに半世紀に渡り聞き続けており、とくに亡くなった志ん朝が贔屓でした。志ん朝は本業の噺はむろんのこと、音曲、踊り、芝居も達者で若いときからテレビでも大変な人気でした。
しかしその人気はさすが芸が渋くなってくる四十台にさしかかると陰りが見えてきました。さてそれからです。志ん朝は四十からの十年間、ひたすら噺に精進し、その成果を四十台の自分の分別盛りの世間知と綯い交ぜにして芸の幅を広げていったのです。
普通の芸人は人気に陰りがでるとそれはならじと焦るばかりに、色々変なことを始めるものです。たとえば国会議員になってみたり。そして、大切な四十台の十年間を「失って」しまうのです。志ん朝の先輩の噺家で「失われた十年」の面々は大勢います。その面々は五十台になっていよいよ実力だけが問われる時になって、その時の自分に何の蓄積もないことに気付くのです。あえて誰とは申しませんが、五十年以上落語を聴いている小生にはそのことが実によく分かります。
花帆さん、「20台に失われた5年」と仰いますが、実は全く失われていませんよ。と申しますのは、その間花帆さんは、心のうちで精進されてきたに違いないからです。きっとその間思いは「ああもできたのに、こうもできたのに」と自分の芸に集中されていたことでしょう。それが心のどこかに蓄積されないはずがないのです。そしてこれからそのエネルギーが爆発して外に現れるに違いありません。だから過去のことは杞憂です。
むしろ大切なのは、大分先のことではありましょうが四十台の十年間を「失わない」ようにすることだと思うのです。四十になると、それまで辿ってきた道はすでに世間では類例がなく自分一人のものです。ですからその先どうしたらよいか誰も教えられません。自分で孤独に耐えながら精進するしかないのです。
花帆さんの目指すところは噺家とは違う面もあることでしょう。しかし小生はそれしか分かりませんし、それも贔屓として「分かる」だけですがあえてお話させていただきました。
投稿者: ルルの父 | 2009年07月01日 11:54
温かいお言葉、本当に有難うございます。
とても胸に染み入りました。
大分具合の良くなった今、当時を時々振返ることも出来るようになりましたが、今のように普通の人間として毎日を過ごし、ましてこの道に戻れるとは思いもしないことでした。
ここまで快復出来たことに感謝すると共に、何故このような道を選び、思いがけない事故に遭遇しても再びこの道を進んでいるのか、答えは見えないものの考えるようになりました。
自分を支える確固としたものを身に付けるべく、これから精進して行きたいと思います。
少し進むべき道が見えた気がします。
有難うございました!
投稿者: kaho | 2009年07月14日 13:36